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カテゴリ:Gallery ART SPACE( 10 )


2005年 08月 28日

唐木優・佐藤好恵・小平透子展『ふぞろい三才』



期間: 2005/08/30~2005/09/04

 このグループ展は、「ふぞろい三才」というタイトルの通り作風の違う三人による、ドローイングや油彩などの平面作品を中心にした絵画展覧会です。三才という言葉には「世界の全て」という意味もあり、あえて三人がそろえる事なく、世界の全てを表現する勢いで、十分にそのふぞろいな世界を描き出してしております。 この機会に是非、三人の真摯なふぞろいぶりをご覧ください。

唐木 優
今は油絵具よりも鉛筆での表現の方に興味が向いているので、今回の作品は主に鉛筆デッサンです。今これといったテーマもなくまとまっていませんが、できる限り自分の出したいイメージを形にしてみました。
佐藤 好恵
アクリルと油彩を併用して平面作品を製作しついます。具体的なモチーフはその時々によって変わりますが、画面にできるかたちを大切にしています。このグループ展を楽しんでできればいいなぁと思っています。
小平 透子
空想的なストーリーをテーマに具体的なモチーフを油彩画にしています。テーマ、マチエール、モチーフ、タイトルそれぞれが不思議にかみ合ったり、ずれれいたり、そんなところで絵の面白さが出せたら、と考えています。
 今回行われる「日日」は、4人の作家がそれぞれの「日常」に根差した色彩やかたちを造形に結実させた作品をもって構成される展覧会だが、そうやって表される多様な「日常」と相対することによって私たちは、自己の意識の中からどのような記憶や感情を解き起こされるだろうか。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-08-28 23:45 | Gallery ART SPACE
2005年 05月 11日

大橋亮・こまちまり・古川万里・吉田チロル 展『いろどられる日日』 



期間: 2005/05/10~2005/05/15

 出会った「日常」の中から紡ぎ出される色彩とかたち。それらから私たち自身は、どのような記憶や感情を呼び起こされるだろうか。

大橋亮:主に大伸ばしのカラープリントによって街なかや郊外の風景を写真で表現しているが、そのクールな画面の中の光景は、撮影の現場に在った時間の流れを読み取らせてくれる。
こまちまり:床に置かれた多数の卵の殻に仕込まれた電球がさまざまな人の「鼓動」のリズムで点滅する展示など、人の身体に対する自身の興味や思い入れをかたちにしたような作品を主に制作。
古川万里:実際に訪れたさまざまな国の市場などで「鳥籠」を買い、それぞれの国で見たいろいろな生活風景をオブジェとしてつくり鳥籠の中に収めた作品を主に制作。
吉田チロル:「ヨーグルト」に対するあらゆる情報を一冊の手帖に綿密に手書きした「本」の形式の作品や、アクリル絵具による無数のドットをもって「幾何学的風景」を表した作品など、多彩な表現を行っている。

 私たちは日常の中で、無数の光景や物事、人などと出会う。そうした中の一部分は、何かの縁で選ばれて個々の記憶となるが、それと同時に、大多数を占める無意識の内のものも含めて、無数の小さな出会いは渾然一体となって止むことなく大きな「時間」そのものとなり、流れるように眼前を通り過ぎてゆく。「見出された光景」と、そのとき私たちを包み込んでいた時空間。その間にはどれほどの違いがあるのだろうか。人の数だけ異なったものがあるだろう現実に対する視線の行方は、もちろん個々の感性のなせる技だが、そこには、色やにおい、かたち、触感、音などの五感を通して知ったあらゆる記憶からの参照が大きく影響しており、それは、実際に記憶として残されたものだけではなく、無意識の下に隠された、「見出されなかったもの」の記憶も強く関わっているような気がしてならないのだ。
 今回行われる「日日」は、4人の作家がそれぞれの「日常」に根差した色彩やかたちを造形に結実させた作品をもって構成される展覧会だが、そうやって表される多様な「日常」と相対することによって私たちは、自己の意識の中からどのような記憶や感情を解き起こされるだろうか。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-05-11 01:51 | Gallery ART SPACE
2005年 05月 03日

宮澤 英子 展『酒房 なまらや』



期間: 2005/05/03~2005/05/08

 ギャラリーの空間を店舗に見立てて、来場者に有料で実際に酒や肴を出す架空の居酒屋「酒処 なまらや」を一週間限定で開店させるという、観客参加型の展覧会。
 日本酒、ビール、焼酎、ワインなどさまざまな酒類の瓶に貼られた銘柄のラベルは、中身の酒は市販品ながら、製品のコンセプト作りも含めて、すべてが作者のイラストレーション作品によるオリジナル・デザインである。
 ラベルの意匠と、そのラベルを貼ったボトルが展示される中で、来場者は、ギャラリー内にディスプレイされたちゃぶ台と座布団に陣取って、日替わりで用意される酒と作者手作りの肴を囲んでゆっくりとくつろぐことができる。また会場以内では、イラストレーション作品によるポスト・カードやTシャツ、手ぬぐい、実際に遊ぶことのできる双六などのオリジナル・グッズが即売される。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-05-03 11:36 | Gallery ART SPACE
2005年 04月 24日

江原美恵子・岡部文・久保透子・小泉輝代子 展『見知らぬ故郷への旅』



期間: 2005/04/26~2005/05/01

 見慣れた日常の中にあってふとして瞬間に訪れる「見知らぬ光景」との出会い。それは、自己の意識の中の未知の部分をめぐる旅にたとえられるだろう。

江原美恵子:身近な光景のカラー写真やそれらを反復させたものをもとにしたブック形式の作品、あるいはそうした写真を豆本や折本のかたちの小さなオブジェとした作品などを制作。
岡部文:路地や身近な街の光景などをモチーフに、その場の空気を淡々と表すような特徴ある空間性を画面の中に一貫して感じさせる、カラーおよびモノクロ写真を発表。
久保透子:種や葉などの自然物を素材としたレリーフ作品や、同様の手法によるものを「箱」に収めたオブジェ作品に、時には自身が記したことばやテキストを取り入れつつ制作・発表。
小泉輝代子:繊細な線で表される女性の姿や、身の回りのモノたちを主なモチーフにして、その背景の装飾や空間の間が心地よさを感じさせるような作品を制作。

 私たちは見慣れた日常の中に在っても、ふとして瞬間に、どこかで見たようなしかし新しい出会いに心を沸き立たせるような「未知」の光景を目にすることがある、それは、無意識の下に隠された記憶との偶然の出会いがそうさせるのか、それとも、かつてはなぜか見えていなかったものとの必然的な出会いがそうさせるのか。いずれにしても、そこで私たちが垣間見る光景は、見知らぬ真新しさの内にもとりわけ強い親近感を秘めており、そういった出会いを探し求めることは、日常の中の未知の何かをめぐる旅、ひいては、自分の意識の中に隠された見知らぬ記憶や感情、感性などをめぐる旅にたとえることもできるのではなかろうか。
 今回の展覧会は、身近な光景や場所を見据えた「その先」にあるものを同じく作品で表しながらも、それぞれ個性や手法の異なる4名の作品で展示が構成されるが、そうやってつくられた作品と相対することで私たちも、彼女たちの日常の中に隠された「未知」の光景への旅を追体験することが出来るだろう。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-04-24 22:52 | Gallery ART SPACE
2005年 04月 19日

オカミキコ・キムラユキコ・橋本和芳・平田ユミ 展『GARDEN ~浮遊する色~』



期間: 2005/04/19~2005/04/24

 「GARDEN」ということばから沸き上がる色やかたちが4人それぞれの多様な姿で現れ、それらが交錯する架空の「GARDEN」が私たちを包み込む。

オカミキコ:皮素材をベースに木の実や植物の葉などの自然素材で装飾した、実際に観客が被ることによって完成される、しかけのある「王冠」をかたどった作品を制作。
キムラユキコ:英字のことばから等身大の巨大な「銃」まで、さまざまなものを色とりどりのファー素材でかたどった布のオブジェ作品を主に発表。
橋本和芳:コラージュと繊細な線による描写の組み合わせをもとに、あたかも「真空」の中の光景を表したような不思議な密度の平面作品を主に制作。
平田ユミ:モチーフのある部分にピントを合わせて極度のクローズ・アップを行うことで、具体的には何であるかがわらないほどにかたちや質感が曖昧にされた写真作品を制作。

 私たちは「GARDEN」ということばからどのような光景を思い浮かべるだろうか。咲き乱れる花、手入れの行き届いた芝生、降り注ぐ陽光、雨に濡れそぼる草々あるいは雨上がりの湿った匂い、夜の静寂を背景とする虫の音など、実にさまざまな色や匂い、音が記憶に蘇ってくることだろう。「庭」と「GARDEN」との語感の違いとは、単に言語が異なるだけではなく、「庭」が実際の景色をイメージさせるものであるのに対して、「GARDEN」と言い表されると、その景色から触発されたさまざまな感覚がイメージされるように思われてならないのだ。
 今回開催される『GARDEN ー浮遊する色ー』は、4人の作家がそれぞれ「GARDEN」という語感に誘われてイメージした色彩やかたちをもとに制作される作品で空間を構成し、ギャラリーに架空の「GARDEN」を生み出すことを目指しているが、この中にたたずむ私たちは、「GARDEN」にまつわるどのような感覚や記憶を意識の中から呼び覚まされるだろうか。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-04-19 01:15 | Gallery ART SPACE
2005年 04月 12日

Gallery ART SPACE Produce dialogue Vol.11 山本 耕一 展『CODEX』



期間: 2005/04/12~2005/04/17

個展のシリーズ企画「dialogue」の第11弾。雑誌や広告など、さまざまな印刷物から「採取」した既成のイメージを、「写本」のごとく書き写す行為をもとにつくられる平面作品による展覧会。

「人の皮膚というものも、一種の同化作用と異化作用を行い、自己と他者の境をそこに「創出」している、一種の臓器……と考えることができます。」
 これは、展覧会の開催に向けて私が山本耕一と交わしたやりとりの中で、「皮膚」をめぐる自己と他者との関わりについて彼が記した一部分である。このやりとりの最初に私は、山本の表現を評して、あるルールに基づいて自己の意識に根ざす概念やことばをモノに変容し、一方彼が現実の中で出会った事象はテキストへと姿を変えることで、山本自身と他者さらには「世界」との相互関係が築かれるのではないかということを書き送り、それに対する答えに含まれていたのが冒頭の一文だった。「皮膚」を通じて行われる「世界」との関わりを語るこの文は、私が記した造形を通じての「世界」との交信というくだりを受けて、身体的な感覚をもとに一般論を語ったものであるように思われるが、これを読むにつけて私は、以前「皮膜」をテーマとした二人展をGallery ART SPACEにて企画した際のことを思い起こした。
 『語らう皮膜』と題して2004年5月に開催されたこの展覧会は、高久千奈が臓器の皮膜をイメージして制作した紙を素材とするスクリーン状の立体作品に、古厩久子による生まれたばかりの自身の子供のおぼろげな意識を表したような映像作品をヴィデオ・プロジェクターで投影することで空間を創出するという展示だった。そして、この展覧会を通じて私は、現実の中に在ってモノ同士など異なる存在の境界となる「皮膜」の質感と、自身の意識の内に在って私たちの自我とそれを包む外界(=「世界」)との仲立ちとなるような、想像によってのみ感知し得る「不可視の皮膜」がまとう仮構の質感という、性質を違えるこの二つをもって、境界としての「皮膜」をめぐる人と「世界」との関わりを、作家である二人と会場を訪れる観客に対して問いかけてみたかったのである。
 この展覧会で映像のための支持体の役割を果たした高久の作品における、人の身体に含まれる「皮膜」のイメージは、山本が語る「皮膚」のイメージとの重なりを見せるが、それに加えて古厩の作品が表す「不可視の皮膜」についても、山本の作品で行われる自身の意識を仲立ちとした概念と事象の交流との共通性を見て取ることができる。つまり、山本が前出の文章の中で語る「人間の肉体というものは、一つの闇ですね。人は、自分の中に一つの闇、謎を持って生まれ、そして一生をその闇、謎とともに過ごし……人が死ぬと、その謎は、世界というさらに大きな闇の中に消えていく……。肉体のみならず、心というもの、精神というものもそうなのかもしれません。」ということばは、きわめて特殊な状況でなければ目の当たりにすることの出来ない自身の体内に加えて、自己の存在を身体や意識で確かめながらも、永遠の時空間にあっては真の姿を決して知り得ない私たちの在り方そのものを暗に指し示しており、それらを包み隠してなおかつ外界(=「世界」)と結び付ける「皮膜」としての働きこそ、山本の作品が内に含む本質ではないかと思われてならないのだ。

 こうした山本の作品と私が初めて正面から向かい合ったのは、2004年7月に彼の本拠地である名古屋のガレリア・フィナルテでの個展だった。ここでは、彼が20年間にも及んで集めたさまざまな印刷物(54種)から引用したテキストをもとに、A5版・22目・5ミリ幅の方眼紙に文字を出力して表したもの54点を壁面に、彼自身がやはり過去20年間に創作したテキストをもとに同様に出力したものもの54点を床にというように、「6」の倍数をもって壁と床に計108点をグリッド状に配して展示が行われたが(「6」の倍数つまり6進法と「正方形」は山本にとって常に特別な意味を持っており、たと11おえば作品サイズには30cm、60cm、90cmというように、作品の配置については6列、12列、18列というように現れる)、ある基準をもってテキストを選び出す行為においては、山本自身の意識の内にある記憶や概念など(彼自身はこれらに「襞」ということばを当てはめている)が外にあふれ出し、一方、選ばれたテキストが語りかける「何か」によって外からやってきたイメージなどが意識に浸透し、前に述べたように、山本と「世界」とのある関わりを展示空間の中で感じ取ることができたのである。そして彼の作品との次の出会いは、今回の展覧会に出品される予定の『否視 INVISI(アンヴィジ)』のシリーズの内の二点および十数点分の作品ファイルがギャラリーに送られて来たことで訪れた。それは以下のようなものだった。
 スチールのフレームで額装された、画面サイズ26×36cm縦長の白い紙の天地を貫くように、後ろ向きの女性の裸体の下半身が薄目に鉛筆できわめて細やかに描写されており、一点には、画面下方に「INVISI」という文字が、発音を示す記号およびその意味を示すとみられる「否視」という語と並んで裸体の上に重なるように描かれている。また画面には、先史時代の洞窟壁画に描かれる「牛」のような像のシルエットや、踊る女性、神殿のようなもの、テレビ・ゲームに出てくるキャラクターのようなものなどが2cmほどと小さくところどころに描かれているが、画面下半分の背景となる神殿の壁や階段ようなイメージとこれら様々な要素は多層をなしつつも、それぞれが薄く透き通るように描写されることで、渾然一体とした意識の中の一つの景観と化している。
 「INVISI」にまつわる文字が裸体に隠され、その一部だけが覗くもう一点では、裸体や背景としての神殿、さらに数を増して画面にあふれるキャラクターなどの要素は共通しながら、「しゅーかんしんちょー」「ゆきぐにまいたけ」などといった手書きの文字が登場し、同じく薄い鉛筆による画面を眺めた際には様々な要素は埋没し一つのイメージとなり、ある部分を意識的に見た際にはそれら一つ一つとの小さな関わりが発生するという特徴は、前出の作品と全く一致している。
 また、ファイリングされた作品では、同じイメージながらも画像処理によって彩色と共に階調が荒らされて「INVISI」の部分が際だったもの、「INVISI」は共通しながら女性のポーズが変わり、何かの記号を示すようなイメージが画面に散りばめられたもの、そうしたイメージが鮮明な色彩を使ったパターンで彩られたもの、「INVISI」に代わって「チゼルポイントのとぎ落とし」という見出しの文面が画面下方を覆うものなど、裸体とことばが、ポーズと文面、書体、色彩といった要素の組み合わせによって多彩なバリエーション群となったほか、前出の「牛」「神殿」のイメージによるバリエーションなども行われている。
 これらの作品に含まれる意味について考えてみよう。ここでの主要な要素は「裸体」と「INVISI」である。裸体は一般的には「エロス」を象徴するが、それが「否視」と訳される語と組み合わさることで、この素通しの裸体は「隠されようとする」ことを前提にしつつあるかたちとになって現れたものの象徴であるように思われる。また、この2つと重なるようにして小さく描写された様々な要素の断片は、山本が現実の世界の中で出会ったであろう様々な事象がかたちを変えた末のものであるとも取れるが、裸体に象徴される「隠されつつかたちとなったもの」が、人の意識の内に在る「世界」を暗に示すとすれば、「世界」の事象とイメージとしての「世界」が一つの画面の中で一体となって重なる様は、渾然一体として在る「世界」の在り方のみならず、意識の中での私たちと「世界」とのやり取やの場を、造形に姿を移して表しているような気がしてならないのだ。
 
 ところで、山本が作品を制作するのにあたってもっとも大きな意味を担っているのが、彼が現実の中で出会ったさまざまなイメージを「書き写す」行為であり、そこでは、文字、テキスト、画像などあらゆるものが鉛筆なその画材によって精緻に写される。これを彼は、今回の展覧会で「CODEX(写本)」というタイトルをもって言い表しているが、「写し取られた」さまざまなモノたちが均一の質感で描写される画面を見るにつけて私は、砂漠の中の細かな砂に、古代遺跡の遺物が埋もれて並ぶ様をふと空想させられたのだ。
 なぜそのようなイメージが沸き上がったのか。彼によって書き写された対象は、たとえそれが具体的なことばであっても、モノとしての元の面影は残らずに、そこに含まれていた「意味」だけが写し取られることとなる。そこでは、現実のモノが山本の意識の中のイメージにたぐり寄せられて「抜け殻」となった姿を見て取ることができるが、そこに現われる一種の空疎感は、元の意味を失ってただの物体となった、遺跡の埋蔵品がまとう空疎さと重なり合う部分があり、それが私にそうした空想を抱かせるのではなかろうか。
 山本にとっての「写本」に話を戻そう。「写し取られたもの」は、二次元上に表わされた時点で彼のイメージの産物となるが、「写し取る」こと自体を、彼と「世界」との接点を模索し構築する行為として考えれば、画面上に現われた二次元上のイメージは、記憶をはじめとする山本の意識の奥底にある「何か」が「世界」と出会い、その時にそこで感じ取ったさまざまなことが、あたかも意識の表層が支持体の上に降り積もるように剥がれ落ち、その末に「かたち」となったものであるように思われてならないのである。

 ここまで、私が山本の作品と相対して感じ取ったこと、こうした私の所感に対して返ってきた山本の思考やことば、そこからさらに私が想起したことについて触れてきたが、彼の表現の根幹をなす「否視 INVISI」、そして「書き写す」行為とは、私たちが現実の中で出会い目にしたモノや事象が実際にはその真の姿をもって感じ取られるわけではなく、個々の意識や記憶に根ざした「フィルター」のようなものを通して浮かび上がる「存在の影」こそが、まさしくその正体であるという思考がもとになっていると思われる。この「フィルター」とはすでに述べたように、一方で外界のものを内に取り入れて同化させ、その一方で内に在るものを外界に放出して異化させるという、私たちと「世界」とを「相互浸透」させるための象徴としての「皮膜」であり、視えざる真の「世界」はこの「皮膜」を通してかたちとなり、私たちの意識に新たなイメージを植え付けた後、記憶となってその奥底に堆積してゆくのである。今回行われる展覧会の中で私たちは、山本が創出する「視えざる世界の影」との出会いを体験することになるが、それは、どのような記憶となって私たちの意識の内に降り積もりその一部となるだろうか。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-04-12 01:48 | Gallery ART SPACE
2005年 04月 03日

Gallery ART SPACE Produce Relations Vol.1 相原康宏・竹本真紀・徳永修子・ぶりお 展 『TALKING BODY』



期間: 2005/04/05~2005/04/10

 作品として描かれる物言わぬ「人体」は、私たちに何を語りかけてくるだろうか。特徴ある色彩をもって表される4態の個性が展示空間で交錯する。

相原康宏:顔の造作がない胎児やマリア像、小熊の縫いぐるみ、あるいは人体のさまざまなパーツなどが、闇を表すような黒の背景の中に漂うように浮かんで描かれた絵画作品を主に制作。
竹本真紀:主に単色の背景に赤や黄色の単色の線および面で、空白のコミックの吹き出しを付けた性別のわからない顔のキャラクターをモチーフとする絵を、延々と反復するように多数並べた展示を展開。
徳永修子:コンパクト・カメラや写メールなど身近なメディアも駆使して、自身の身辺をめぐる日常を、網膜を通り過ぎてゆく画像であるかのように近視眼的に表したカラー写真などを発表。
ぶりお:線の勢いを生かしてアクリル絵具で彩色した人物描写や、モノトーンの線だけによるものなど、描かれる対象のキャラクターを彷彿とさせるような作品を大量に次々と制作。

 人は何も言わずとも、自身の個性や思考を身体を通して語りかけることが出来る。表情や何気ないしぐさなどあらゆることの組み合わせによって「人」の個性は特徴付けられるが、そうやって生まれる特徴はその「人」独自の印象となって、向かい合った人の意識の中である一つの「像」として浮かび上がるのだ。
 身体が発するものから想起される姿。それは、人同士を結ぶことば無きコミュニケーションを生むが、今回行われる『TALKING BODY』では、それぞれ強い個性をまとう4人の作家の多様な作品をもって物言わぬ人の姿が表されることで、ことばを介するよりも饒舌に、描かれる者の存在感を私たちに示すのである。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-04-03 15:27 | Gallery ART SPACE
2005年 03月 21日

矢尾 伸哉 展『日付-境界-喪』



期間: 2005/03/22~2005/03/27

 幾何学的なかたちの陽光が伸びる屋内の光景や、中心の消失点に向かってパースペクティブが強調された風景など、「どこにもないどこか」という言葉で表されるような場所が特定されない対象を、6×6cm判のモノクロフィムで撮って110cm幅のロール印画紙に大伸ばしにプリントした写真作品を発表する矢尾 伸哉による写真展。「境界線上で戯れる東京の喪の日付、さながら白けた陽の差す墓碑」を展示コンセプトにして、15点ほどの作品で会場が構成される。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
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by koso2.0 | 2005-03-21 22:01 | Gallery ART SPACE
2005年 03月 01日

山本あまよかしむ 展『men』



期間: 2005/03/01~2005/03/06

 ある曇りがちの日の午後、自作の「仮面」で顔を覆って彼女は現われた。その時ギャラリーには私を含めて5~6名ほどいたが、入口のドアのガラス窓から白っぽい塊が覗き見えることで、そして次にはドアを開けて入ってきた全身を見て取ることで、その場の誰もが一瞬間小さく息をのみ、しかしそこをピークにして、誰かが「仮面」を被って入ってきたのだとわかった後には彼女の姿は場に馴染み始め、私たちを包んだ緊張感は徐々に薄らいでいったのである。
 山本あまよかしむ。不思議な語感の作家名を持つ彼女の作品は、布を素材に人の「顔」をかたどり、時にはそれを実際に被ることもできる。布の表面に、目、鼻、口などの顔の造作が浮き出るようにところどころに開いているという外観はいうまでもなく、そうした造作が布の支持体を指でこねながらつくり出され、さらに一度つくられた「顔」も再度手が加わることで別の「顔」に変化するというその在り方は実にユニークで、それは単に造形として独特であるだけでなく、こうして生まれた「顔」自体が架空の人格を持って空間に漂い私たちと相対するような、不思議な印象をまとっているのである。そして、さきほど紹介したような、布の仮面をまとった彼女がギャラリーに入ってきた瞬間の緊張感が徐々に空間に馴染んで薄らいでいったのも、この独特な作品の在り方のためだ。
 つまり、私たちは最初の一瞬「人ではないかもしれないもの」の出現に戸惑いつつも、「ギャラリーでは思いもよらない表現が突如展開される」という観念も後ろ楯となって、「面」で表される人格が「観客」の一人としてその場に居合わせた人々に認識されたからではないだろうか。そして、この新たな「人格」が手作業で容易につくられ、さらにそれが再び指でこねる作業によって抹消され別の顔に置き換えられてしまうという不確かさは、自己の存在を身体や意識で確かめながらも、永遠の時空間にあっては真の姿を決して知り得ない私たちの在り方そのものを暗に表しているようにも思われるのだ。
 ところで、果てなく「変化」することは山本の表現の根幹だが、そのために彼女が考えたものが、「塑像感覚でこねこねしながら形を作ってゆけて、好きなときにいつでも形を変えられる、粘土のような布」と彼女が語る独特の素材と手法だった。この「粘土のような布」は、木綿、ポリエステル、レーヨン、ニットなどの繊維素材を糸にしたものと細い銅線とを共に織り込んでゆくことでつくられるが、この布素材を実際に手に取ってみると、思いのほか柔らかくしっとりとした触感を持っており、あたかも架空の生き物の皮膚あるいは毛並みに触れているような印象を感じさせることさえもある。
 今回の展覧会「men」では、こうした触感をまとう多数の「顔」をもって展示が構成されるが、この内には彼女自身や観客である私たちの手によって顔の造作を次々と変えてゆくような作品や、私たちが手に取り実際に被ってみることができる作品も含まれており、これについて山本は、「肉体を使って面の中に飛び込んでみること。面の内側で起こる変化、外側で起こる変化を体験してみてほしい」ということばで説明している。
 展覧会の際には私も、山本の手によるさまざまな顔を実際に被り、自らの手で新たな顔をつくり出したいと考えている。そして、自身の身体を覆うもう一つの「人格」を体感する、あるいは自身の手による「人格」と対面するにつけ、その「変化」自体を楽しみ、さらに、確かに「今、ここに」在りながらも永遠の中では霧のように朧げな「私」という存在に、しばし思いを馳せてみたいのだ。


会場: Gallery ART SPACE
入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
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by koso2.0 | 2005-03-01 01:13 | Gallery ART SPACE
2005年 03月 01日

Gallery ART SPACE

入場料: 無料
時間: 12:00~19:00
(~17:00 on every Sunday)
休館日: 毎週月曜日
住所: 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-5第5大鉄ビル4F
TEL/FAX: 03-3402-7385
URL: http://www2.odn.ne.jp/artspace
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by koso2.0 | 2005-03-01 01:13 | Gallery ART SPACE