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2005年 09月 12日

出店久夫 展 有象無象戯画



期間: 2005/09/05~2005/09/17

エルンストと鏡花の息子

 出店久夫は今回の発表で、写真と絵画の領域にまたがる豊かな趣向はそのままに、モノクロームとカラーのふたつの世界を同時に見せてくれることになっている。
 出店の作品に向きあうことは、不思議な物体や出来事に満ちた世界地図を、空の上から眺めるような感じだ。近作では、おもに海辺の岩場を多くすべりこませることによって重力と浮遊の対比が強まり、構築度が増している。皮膜のような水面にも深さと量感が加わった。とくにモノクロームの作品では実写の存在感がきわだち、写真としての強さがあらわれてくる。これに対して着彩された作品はあたりまえのことながら、より絵画的にみえる。ふたつの手法を往来する振り子の振幅はますます大きくなっている。
 図像では、異形の狂言回しが強烈な存在感を放つようになった。彼らは、完結を拒んで上下左右に反転し続ける鏡像に投じられた侵入者であり、見る者の目を一瞬引き留める。そのため、それまで広大無辺の風景にそそがれていた視線が空から地面に引き寄せられ、臨場感が強まるように感じられる。また彼らは画面に多方向のベクトルをつくり出し、時空の奥行きを深める効果をもたらしている。犬や兎をかたどった細工物の実写を直接コラージュしているため、その部分にだけくっきりとピントが合い、いっそうつくりものめいて奇妙だ。この狂言回しを遣って、出店はなにか物語のようなものに目を向けさせようとしている。
 出店の作品にあらわれる遊園地や水辺、あるいは廃墟を思わせる不思議な光景は、どれも実在する事物の断片を複雑に組みあわせたものである。ここにあるものやここで起きていることは非日常に満ちており、たしかに意味ありげな雰囲気をかもしだしてきた。しかしそこに具体的なあらすじはないし、心理分析を応用しているのでもない。左右対称へのこだわりに見てとれるとおり、出店はいつも相対する関係にあるものを暗示的なかたちに置きかえ、それを繰り返すことによって限りない物語をつむいでいる。たとえば生と死、消滅と生成、原始と未来、あるいは善と悪、美と醜、エロスと無垢といった、見えている一面だけが実体でないことどもだ。そこには死や不在が近しく、神隠しを信じた子ども時代の感覚がしっかりと生き残っている。
 出店が敬愛するマックス・エルンストは、きわめて即物的な手法によって事物に宿る異質の生命体をとり出した。そして泉鏡花の魔界では、土俗的な畏れの向こうにこの世のものでないかたちが目覚める。このふたりをつなぐのは、一方向に偏った他者のまなざしを操作し攪乱する、同形異義または異形同義の存在である。自らを「エルンストと鏡花の息子」と語るからには、出店の胸中にはそういった超越的な生成の物語が思い描かれているにちがいない。彼は膨大な数の写真を1枚1枚手にとって、オブジェの断片に潜む野性の力をたしかめる。その作業そのものが、生成にかかわる彼の思考であり、その事物と人為のあわいがかたちになったものが彼の作品なのである。絵画と写真を越境しようとする試みのはじめに、超越をめざすこの企てがある。
 作者の自画像が画中の水先案内人の姿を借りることはままあるから、異形の狂言回しは、こうした物語を歓迎しない近代以後の美術史から身をかわそうとする出店自身であるのかもしれない。彼は道化を装うことによって、予想される絵画や写真の連鎖に組み込まれまいとする意志をあらためて表明しているようにみえる。
そこで興味深いのは、出店のなかで、彼なりの物語と絵画的な表現方法とが同調しつつあると感じられることだ。非対称形の狂言回しは、対称形のモンタージュ写真の上に加えられる最終の要素である。それは平面に固定された、いわば均衡のとれた空間をくずすためにランダムな視線を仕込む手作業である。出店はこの操作を「絵画に戻す」と言いあらわした。彼は今、自分を追いあげてくるデジタルな表現を横目で見ながら、平面の現場でなしうるこの先のなにかを探ろうとして、等身大の視野というアナクロめいた挑発を仕掛けようとしている。

大越久子(埼玉県立近代美術館)

URL: http://kgs-tokyo.jp/kawafune/2005/050905.htm


会場: ギャラリー川船
入場料: 無料
時間: 11:00~19:00
休館日: 毎週日曜日
住所: 〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-4 フジビルB1F
TEL/FAX: 03-3245-8600
Email: kawafune@diamond.broba.cc
URL: http://kgs-tokyo.jp/kawafune.html

by koso2.0 | 2005-09-12 21:33 | ギャラリー川船


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